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2007年7月

2007年7月29日 (日)

四諦・補足

ダンマーサナの旅行部長、N口さんが 四諦・四苦八苦・八正道について書いてくれました。

いつも愉快にフォローしてくれて、おばちゃんは嬉しいよ!

あの日は、パーリ語をタイプしたら、白く燃え尽きてしまったんですよ。

ちょこっと引用

五蘊盛苦
般若心経に出てくる色受想行識・・・のことですね。これらは絶えず変化するから執着するとドツボにはまるで。っていつも嵌りがちじゃないか、私!!

引用おわり

me tooooooo!(ノ`△´)ノ

主観的にわかる苦しみにとどまらず、

じつは生きていると言うこと自体が ドツボ(ナイス語彙) というキビシい真理の世界。

・・・・なかなか直視できない私でありますが。

では、少しでも苦しみを捨てに、はまり道から八正道へ、とっとこ行きましょうか。

(テーラワーダ仏教協会・心を育てるキーワード集 ARIYA ATTANGIKA MAGGA:八正道 より引用)

 Ariyaは「聖なる」、atthangikaは「八支の」、maggaは「道」。 八正道<はっしょうどう>とは、涅槃に導く八つの実践徳目からなる聖なる生き方のことで、
 1.正見(正しい見解)、2.正思惟(正しい考え方)、3.正語(正しい言葉)、4.正業(正しい行動)、
 5.正命(正しい仕事)、6.正精進(正しい努力)、7.正念(正しい気づき)、8.正定(正しい精神統一)
八つから成ります。

 「物事を客観的に見なさい、正しく考え、語り、行動しなさい、役に立つ仕事をし、明るく励んでください」と問題なく明るく生きる道が教えてあって、「それだけでは足らない。 せっかく人間に生まれてきたのだから、大胆なこと、悟りにもチャレンジしなさい。 正しく気づくこと、正しい精神統一もしてください」と解脱への道も教えています。 すごくわかりやすい言葉で、ものすごく鋭い智慧で、あまりにもわかりやすいのだけれども、何かをどこかでもうちょっと自分で捜して確かめていかなければならない謎解きのような部分もある、すごく味のある道なのです。

引用おわり

そういえば、慈悲の冥想の言葉に本当にそって生きようとすれば、だいたい八正道がそろって来る気がします。

ヴィパッサナー冥想はそのまま正念と正定の実践ですね。

Kc330003_1

おまけ写真:地元のペットショップで撮影しました。毛玉のようなものはウズラの雛。

正命 (正しい仕事) ではないんですけどね、ペットショップ。懐かしいです。

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2007年7月22日 (日)

7/22 私と転法輪経

台座をもうけて蝋燭を灯し、お釈迦様をおまつりしました。(初転法輪をお祝いして。)

Kc330015

さて、初転法輪について、酒主さんが用意された資料と写経用紙が配られました。
(一部抜き書きします)

 ブッダはウェーサーカ月(5月)の満月日に成道して、2ヶ月後(間にジェッタ月が入る)のアーサールハ月(7月)の満月日初めて法を説きました。成道の地ガヤーから初転法輪の地バーラーナシー(ベナレス)までは約230kmあります。

 ブッダはバーラーナシーのイシパタナ・ミガダーヤ(仙人住処鹿野園)で、昔ともに苦行した五人の仲間に悟りの法を説きました。悟りの法つまり転法輪経(Dhammacakka pavattana sutta)は四諦、中道と八正道を説き、コンダンニャをはじめワッパ、マーハーナーマ、バッディヤ、アッサジの五人は次々と悟りを得て、天地の神も歓喜したと言う内容です。(中村元著 「ゴータマ・ブッダ」 Ⅰ P489より)

Tenpourinfull_1













(上:八正道について)

Ayan eva ariyo atthangiko maggo,seyyathidam,sammaditthi sammasankappo sammavaca sammakammanto samma-ajivo sammavayamo sammasati sammasamadhi,ayam kho sa bhikkhave majjhima patipada Tathagatena abhisambuddha cakkhukarani nanakarani upasamaya abhinnaya sambodhaya nibbanaya samvattati.

(下:四諦について)

Jati pi dukkha jara pi dukkha vyadhi pi dukkha maranam pi dukkham,appiyehi sampayogo dukkho,piyehi vippayogo dukkho,yam pi ccham na labhati tam pi dukkham.

(P.T.S.Samyutta nikaya.Ⅴ.P420より)

Kc330009_1写経に入る前と、終わってから、上記のお経が読み上げられました。

Photo_1

引き続いて、納涼仏画ぬりえです。

今回は私が原画を描きました。






Kc330016_2   





できあがりの様子。

ダンマーサナの庭では今年初めてのセミが鳴いておりました。
(暑中お見舞い申し上げます)

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2007年7月11日 (水)

更新しました

ダンマーサナHP 

閑居堂月記 8月号「知っていたつもり?」(関●宏とは関係ありませんからね)

なんでもう8月号が?!もと印刷業界の酒主さん、お盆進行が、良く煮込んだがんもどきのように身にしみているのでしょう。

N口さんのブログ行け行けかの地へ。も更新されてます!

宣伝部長の名はこちらへお譲りしたいノリの良さです(笑

サンリオかsan-Xが発売してもおかしくない(?)かわいい仏画「キャラ仏」。

新ジャンル設立の予感?(*´ -`)

納涼小坊主イラストの宿題、私も提出せねば・・・・。

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2007年7月 8日 (日)

7/8 巡礼手帳を作る・七夕飾り

Img_00041_1 コジュケイの声(初参加のW谷さんにお聞きしました)がひびく閑静な小山市の一角にて、ダンマーサナ開講です。

ちょっとお庭の夏の花を紹介します。

八重のタチアオイがふぅわりと開いていました。

薄い蒼色のムクゲ(写真・下)は一日で花がしぼんむんだそうです。

どちらも透明感があって涼しさを運んでくるような感じでした。

Img_00051 

さて、巡礼手帳を作る について。

巻頭に、総礼文・三帰文・五戒文・懺悔文・七仏通戒偈・舎利等一切礼拝文(名称不明により文の内容から付けた名)・回向と誓願文がパーリ語と漢文で記載されています。

(N口さんはお遍路の巡礼スタイルをイラスト入りで解説したお遍路バージョンを制作されてました、ご本人のブログで紹介があるかと思います(^-^)果物とたわむれる小坊主さんたちの納涼仏画の掲載も期待してます)

Tetyou

酒主さんによる、巡礼手帳を作るにあたっての意図をご紹介。

今回「巡礼手帳を作ろう」として取り上げたのは、宗儀上の異なる点を排除して、できる限り共通する経文を採択して、日本仏教とテーラワーダ仏教が、互いに理解できるような形にして制作したいと考えたからです。

出来上がった「巡礼手帳は改まった巡礼ではなく、むしろ普段に、経文などを書き込み、時には、居合わせた人たちと語らうことで、何か新しい発見をしたり、テーラワーダ仏教の存在を知ってもらうきっかけにもなると思います。

巡礼手帳で仏教の輪を広げましょう。

早速、この巡礼手帳を携えて東京にある某寺院(目黒寄生虫館のご近所なのでこれも寄りたい、との意見も。長いものも短いものも幸せでありますように、と本気で思えるかとテストしていたりして)への遠足企画が出ていました。

日程が決まりましたら、ダンマーサナHPに掲載したいと思います。

さて、もう一つの課題 七夕飾り。

Img_00161_1

酒主さん宅ですくすくと成長している菩提樹さま。

の、後ろに棒を立てて、旗でお飾りして願い事の短冊を差しました。

(デザインすべてby酒主さんです。ものづくりの知識と経験を拝見しました。)

Img_00181 初参加のW谷さん(埼玉より)からお聞きしたお話で印象にのこったことがあります。

会社で採用面接される時に応募者にこう質問されるんだそうです。

「あなたの価値観(自分が、普段人に何も言われなくてもやっている事)を動詞で表して下さい」

答えると、

「では、その動詞を使って、実際の体験談をまじえて自己アピールをして下さい」

初めの質問で建前を答えると、実際の体験談が出ずしどろもどろになって来たりするそうで 人柄を見る有効な方法の1つだとか。コーチングという方法からの引用だそうです。

「息をしている」とかじゃ、ダメですよね(^-^);;;

皆さんはどう答えますか?

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2007年7月 6日 (金)

更新しました

ダンマーサナHP更新しました。

7月の活動予定の掲載。写真など入れ替えました。

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2007年7月 3日 (火)

瞑想合宿によせて

ドラマチックなことは何もおこりませんでした。

ただ、合宿二日目の早朝5:00からの読経の時

2500年も人間は皆、感覚と妄想に苦しんで来たんだ、

苦しみの解決策を求めて仏教へ手を伸ばして来た人々は2500年のあいだ無数にいたのだろう。

と妄想して、生き物の存在の悲しさというか小ささとか、自分もその内の一人

だとか思って感慨深かったのです。

重病持ちであるわけでない私ですから多分他人より大した苦しみもないはずですが

ヴィパッサナーで感覚を見ていると「実は、こんなに苦しんでいたんだ」という気持ちがふとした時に出てくるのでした。

時に、苦労して生きてきた人はそこらへんの人より中身のある心配をしてくれますが、自分の苦しみを理解してきたので、他人のことも思いやれるのだろうと思います。

その前の晩に夢で、主人が交通事故にあって自分の壊れた体(脳味噌がはみ出て、顔が潰れていました)に驚き「こんなはずがない、うそだ・・・!」と怒りながら亡くなるのを見てしまい

(↑おそらく努力のフリした怒りで瞑想したストレス(^^;;)

汗びっしょりかいて午前二時に目が覚めたという流れもあり、そんな考えが出てきた感じです。

勝手にチャンネルを変えてホラー映画を上映しないで欲しいですよ>私の夢

それではまた。

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